OL小説:「A.O.L.」その12

「真夕は、大事なことを一つ忘れてる」
 力を込めて強引に真夕の体を上向かせると、氷那は真正面から近距離で顔を覗きこんで言った。真夕はきょとんとして「何を?」ととぼけたような返事をする。
「もし真夕がこれから比呂子さんに好かれても、嫌われても。今ここにいるのは私なんだってこと」
 やっぱり状況がよくわかっていなそうな真夕を、氷那は覆いかぶさるように抱きしめた。突然のことに驚いて、真夕は「どうしたの?」と真夕の肩を押し返そうとした。
 だけども以前の経験もあり、氷那は真夕が強気な押しには弱いことを知ってしまっていた。弱気になりそうになる気持ちを踏みとどまらせて、真夕の抵抗が弱くなってくれるのをじっとしがみついたままで待った。
 抱きつきながら、耳元で呟くように言う。
「真夕は、比呂子さんとは付き合わない方がいいんじゃないかって、思うよ」
「どうして? なんでそんなこと言うの?」
「だって今の状態でこんななのに、もし付き合ったりしたらどうなると思う? きっと真夕は比呂子さんに引きずられて、振り回されていくことになるんじゃないかな」
 氷那が真夕と最初に出かけた夜だって、そばにいて欲しいと比呂子に対して思っていながら、それを口にすることができずにじっと連絡「してくれる」のを待っていただけだった。真夕も同じことを思い出したのか、空気を抜かれたように抵抗の力が弱まる。
「真夕が比呂子さんと付き合ったとして、わがままだってわかっているようなことを比呂子さん対してはっきり『してほしい』って言える? 比呂子さんの考え方や意見やそういうものに引きずられないで、今までどおりきちんと自分のやり方や考え方ををもっていられる?」
 それは、と真夕は言いよどんだ。これまで比呂子とはつかず離れずの関係だったから、真夕は自分の意見を立ててもらったり、逆に比呂子の放浪癖やそういうものを許していられたのかもしれなかった。
 真夕は抱きつく氷那の上着の裾あたりを握り締めて、「だって」と先の続かない言い訳の言葉を出しかけた。氷那は真夕の体を一旦放すと、お互いの額をつけて見詰め合った。
「比呂子さんとのこと、真夕が『それでいい』って思うんなら私はそれでもいいのかなって思おうとしてた。けど、やっぱり本当はそうなって欲しくないって思ってる。嫌だ」
「氷那。だけど、私は…」
 真夕の口元を塞ぐように、氷那は指先をそえさせた。小さめの口元に立体感のある唇は、間近に見るととてもかわいい形をしていて、実際に触れる前から氷那は気持ちがひどく高ぶった。氷那はなぞり終えた両指で真夕の頬を挟み込むようにすると、思い切り良く一瞬触れて離れるキスをした。
 比呂子とのことがつい数時間前だったこともあり、真夕はどうしていいのかわからない様子だった。それでも何かを言おうと口を開きかけたところへ、氷那は今度はゆっくりと唇を交互に組み合わせるようにして長くキスをした。
 何度か放したりもう一度角度を変えて触れなおしたりを繰り返していると、少しずつでも真夕も気持ちが慣れてきたのか、下げていた手元を氷那の背中に回してきた。氷那が舌先を器用に使って真夕の上あごの裏をなぞると、慣れない感覚に驚いたのか真夕が背中の手を強く握るようにした。
「比呂子さんの方が上手かった?」
「そういうこと、聞かないでよ」
 氷那に顔を見られそうになって、真夕は恥ずかしそうにそれをそむけて氷那の肩口に顔を埋めた。氷那はそれを抱きとめながら、これからどうしたものかと考えた。